ほんのもりの探検記(2011年度)

 学校の読書だよりへの寄稿 (2011.5~2012.1)



 vol.1 2011年5月号 

 「こんな本を見つけたよ」、「次はどんな本に会えるかな」、気の合う友だちとお気に入りの本を紹介したり、感想を語り合ったりする時間はとても楽しい。「ほんのもり」の紙面では一方通行になっちゃうけど、私の本の探検記を届けます。みなさんも図書室や本屋さんで、また自宅や電車の中での「探検」を大いに楽しんでください。


『科学の横道』 佐倉統 中公新書 20110325
 日本の文化に合った科学のあり方を、対談形式で模索する。特に、佐倉氏と堀江氏の対談による、中谷宇吉郎の「鼠の湯治」にまつわる話は、たぶん誰もが笑ってしまう。「科学は理系」と決めつけて、食わず嫌いになっているのはもったいない。「科学」は、「アート」であり、「人とのつながり」であり、誰もが楽しめるもの。そして、みなさんの「ツッコミ」によって、「科学」は健全に成長しながら、社会に根づいていくのだ。

『社会の真実の見つけかた』 堤未果 岩波ジュニア新書 20110218
 岩波新書『貧困大国アメリカ』と同様、経済的徴兵制やマスメディアの世論誘導の実態を明らかにしたルポルタージュ。中高生に向けて、真実を見極める目、確固たる自分の意見をもつことの重要性を呼びかける。アメリカの若者を通してこんな風に語る。「真珠湾攻撃も9・11テロも、その裏にあるはずの歴史や、民族や、政治的利害関係に目を向けなかったことがまちがいだった。でも、あの時、僕たち国民に、その選択肢自体が与えられていたかどうか。」

『脳の王国』 茂木健一郎 小学館 20110205 
「不確実性の時代だからこそ、プリンシプルを持たねばならぬ」。優しい論調の中にも厳しいセリフが散りばめられている。principleは「原理、信条」の意味だが、「筋を通せ」「哲学をもて」ということだろうか。グローバル時代の「黒船」に、もう一度日本のフロンティア精神をもって立ち上がれ、というエールともとれる一冊。茂木さんは別の書で、「将来伸びる学生は、野次馬根性をもった人だ」といっているが、「貪欲さ」もまた「principle」といえるかもしれない。

『自由になれるDictionary』 浅見帆帆子 サンマーク出版 20110415
 辞書を作った人を悪くいうつもりはさらさらないけれど、「ことばの定義」なんてそもそも無茶でしょう。(なんでお茶が無いのが「ムチャ」なんだろう。)ことばのもつイメージって人によってずいぶん違う。とすれば、もっと自由に「ことば」を楽しんでいいんじゃない? てなわけで、天井がとれたような開放感に浸れる本なのだ。
 【達成】は、「通過点」。【難しい】は、「段階が必要というだけ」。【失う】は、「新しいものが入ってくるために、スペースを空けること」。なんと元気の出る辞書だろう。

『日本人の誇り』 藤原正彦 文春新書 20110420
 自国の歴史を否定しがちな若者に対して、日本文化への誇りを取り戻し、高い志をもて、との熱いメッセージ。また、日本の近現代100年の歴史をデータに基づいて再検証する。自国を守ることについて、私自身は、武力や軍隊ではなく、国際貢献によって文化的、精神的に尊敬され、中立的な立場で発言力をもつ国として実現していくべきと思うのだが。



 vol.2 2011年6月号

 中学1年生のフロアに、おすすめの本が紹介されている。私も大好きな本、読んでいない本、読みたいと思っていた本…、うーん、探検すべき「もり」はやっぱり広いなあ。


『日本語は天才である』 柳瀬尚紀 新潮社 20070225  
 「日本人の知らない日本語」や「読めそうで読めない漢字」など、日本語を学び直そうというのが流行だ。何気なく、手にとって読み始めたら、なるほどそうなんだ、という発見に次ぐ発見。「目から鱗」を実感できる。
 間違って使われたものが、日常的に正しいものとして定着してしまった日本語がたくさんあって、これをまるで漫才の掛け合いのように展開する「ナナ派とシチ派」の口論は抱腹絶倒。いや、本当は「捧腹絶倒」なんだけど。

『ものがたりの余白』 ミヒャエル・エンデ 岩波現代文庫 20091113   
 『モモ』は大人にこそ読んでほしい童話だが、エンデはこのような物語を通して、常に生き方の本質を洞察する。『ものがたりの余白』はエンデのインタビューの記録であるが、さまざまな話題の中にエンデの生きざまが浮かび上がる。たとえば、老子のことばを引用して「粘土で器をつくる。しかし、粘土が包む虚無の空間が器の本質(有用性)なのだ」と語り、見えないもの、余白とされるものこそが重要であり、本質であると彼は主張する。そして、不完全な人間に対しても、それが人間なんだからと、誠実さと温かなユーモアで包んでくれる。

『つながる技術』 小山薫堂 PHP研究所 20110117  
 まるで詩のように、ひとつひとつのお話が心に染みてくる。小山さんは、人との出会いをホント大切にして、そして、すごく繊細な感覚で物事の機微をつかんでいるんだなあと思う。
 港で拉致された話(ホントは違うけど)とか、ゴミを拾えばいい写真が撮れる話とか、神様にフェイントをかける話とか、渇いた心が潤うというか、角張った石が丸くなるというか、そんな魔法の力を持っている本だと思う。

『シンプルに生きる』 ドミニック・ローホー 幻冬舎 20100630  
 「シンプル」シリーズが次々と発刊されている。身の回りの見直しブームなのかもしれない。ものをもたない、風通しをよくする、自分自身にかける時間を増やす、質を追求する、そんなメッセージが、雑踏のような毎日からの解放感をもたらすが、言い換えれば、ものも仕事もしがらみも、切り捨てるのが難しいということだ。
 「シンプル主義は高くつきます」のことばは、単にコストだけでなく、生き方そのものに大きな代償を負うということを意味しているようだ。とはいえ、要らないものを買ったり、悩み事を抱えたりするのはなるだけ減らそうと思う。

『国家の命運』 藪中三十二 新潮新書 20101020  
 外務事務次官をされていた藪中氏。外交の危機をいくつも体験され、海外からの日本の評価、日本の果たすべき役割について、その本質に鋭く迫る必読書。 
 日米関係の識者とのアフガニスタン支援についての発言は、その後の日本に対する世界の評価を大きく変えるきっかけになった。日本人でさえ、あるいは自国だからこそ、まだまだ日本の現状、海外からの評価をしっかりとつかめていない。そしてこの本は、単に日本外交のあり方にととまらず、日本人一人ひとりに対して、視野の広さ、自身の言動への責任、教育の重要性などについて、再認識させてくれる。



 vol.3 2011年7月号

 暑い夏が始まった。だが、暑さくらいで前向きな気持ちを萎えさせてはいけない。だって、白いキャンバスのように何でも描ける夏休みの「夏」なのだから。とはいえ、ときには涼を求めて図書館や本屋へ出かけるのもいい。もちろん「探検」を忘れずに。


『空の上で本当にあった心温まる物語』 三枝理枝子 あさ出版 20101028 
 元ANAキャビンアテンダントの三枝氏の体験談。特別な人が登場するわけでなく、日常のどこにでもありそうな人の優しさにスポットを当ててその出来事を紹介する。泣き止まない赤ちゃんにイライラの募る機内が、ある婦人の子守唄によって和んでいく話も、赤ちゃんがすぐに泣き止んだわけでないけれど、婦人の優しい行為そのものが人の心を癒していったという、自然な温かさを感じさせてくれる。

『20代の辞書』 千田琢哉 パル出版 20101129 
 ことばの力、日々の積み重ねの力を教えてくれる本。「言葉を知らない人より、たくさん知っている人のほうが強い。言葉をたくさん知っているだけの人より、解釈をたくさん考えた人のほうがもっと強い。」つまり、ことばは人を強くし、困難を乗り越えるパワーとなると。「どうせ誰がやっても同じだろう」と思われている仕事で「誰がやったのかわかる」ようにすることが企画力であるというメッセージが私のお気に入り。

『ルリボシカミキリの青』 福岡伸一 文藝春秋 20100425 
 昆虫少年の福岡氏のワクワクした心が、まさにルリボシカマキリの如く鮮やかに描かれる。珍しい虫を見つけた福岡少年は、新種の発見者として認めてもらおうと国立博物館に出かけたが、そこで展示フロアのバックヤード(研究者の作業場)の存在を知る。実は、これが彼の一生を変えるくらいの大きな発見となった。仕事にしなくていい、好きなことをずっと好きであり続けられることが人を輝かせてくれるのだ、という。

『夢をつなぐ』 山崎直子 角川書店 20100730
 京都国際会館で開かれたイベントで、山崎さんの話を初めて聞いた。国際宇宙ステーションでの組み立てミッションの報告に加え、会場の高校生の質問に的確に、誠実に答えられる山崎さんの人間的な厚みに感動したことを覚えている。宇宙飛行士になるまでの裏話も面白いが、地球上では作れなかったカラーのシャボン玉が、宇宙空間で実現できたという話など、科学というものを身近なものとして感じさせてくれる。

『街場のメディア論』 内田樹 光文社新書 20100820
 日本の社会の薄っぺらさ、弱者を守るという名目の元になされる攻撃といったものが、「メディア」という切り口で浮き彫りにされる。まさしく、真理とは何かを見抜く目、それを指摘し世の中に問う勇気をどう身につけるかを考えさせる一冊。若者の必読書であろう。たとえば、TV番組の虚報事件で「こんなインチキな番組をつくるなんて信じられない」と批判するマスコミにこそ、知らなかったことにしておこうというような狡さが見え隠れする。



 vol.4 2011年9月号

 雨の予報をみんなの元気で撥ね返した文化祭。中高合同企画の「折り鶴アート」が象徴するように、周りのみんなを勇気づけたい、楽しんでもらいたいという気配りがあった。そんな「小さな心遣い」を、本の中からも見つけて、また、磨いてほしいと思う。


『神様のカルテ2』 夏川草介 小学館
 1作目の『神様のカルテ』が映画になった。雪の残る信州の山並みの映像は、厳しい自然の毅然とした姿でもあり、人の営みを温かく見守ってきた風景でもある。辻井伸行さんのピアノも、どこまでも優しいストーリーを支えていた。
 この続編が『神様のカルテ2』だ。私は2作目の方が好きだ。同僚であり患者である古狐先生のために、医師たちが協力し、病院中の電気を消して星空をプレゼントする。当然、計画を企てた医師たちの責任が問われる。そのやりとりが感動のクライマックスにつながる。その内容はあえて書かないが、たぶん誰もが、おとなしい一止先生のことばに惚れなおしてしまうはず。ハルさんの愛には及ばないとしても。

『あたらしいあたりまえ。』 松浦弥太郎 PHPエディターズグループ
『暮らしの手帖』の編集長である松浦氏。「あたらしいあたりまえ」とは、見過ごしていたものを大切に扱うことで、物事の本質であったり、中核にあるものが見えてくる、という意味だと思う。
 幼い頃から、靴を揃えることをたたき込まれた著者は、あるとき、「本当は、遠くばかり目を向けていないで、足下に気をつけなさい」という意味だったことを知る。また、「何時間働いたかではなくて、今日はなにをするのかという目盛りに変更すれば、内容をはかることができる」という。
 ありふれた今日に潜む新しさを見つける好奇心。私もまた、私なりの「あたらしいあたりまえ」を見つけてみたい。

『先送りできない日本』 池上彰 角川oneテーマ21
 東日本大震災、原発事故からの再出発。それは、これまでの政治、経済の行き詰まりからの国の再建という課題でもある。
 日本の進むべき道について、池上氏のいくつかの提言が示される。たとえば、「技術」という商品のマーケティングではなくて、「技術」を世界のシステムやライフスタイルとして実現する「プロモーション能力」が重要。また、BOP(Base of the Pyramid)と呼ばれる貧しかった下層の成長にターゲットを広げるため、ローテクであっても誰もが便利に使えるという信頼を勝ち取ること。世界の情勢に強い池上氏ならではの、日本のこれからを考えるための大切な視点を与えてくれる一冊。



 vol.5 2011年10月号

 秋といえば、食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、・・・。いずれも思索や行動を伴い、心豊かな時間を過ごしているイメージがある。物事を深く突き詰めてその本質を見抜くには経験の蓄積が必要だが、これに適した季節が今年もやってきた。


『超思考』 北野武 幻冬舎
 面倒なことはすべて思考停止の状態にしてしまう今の日本人に対する挑発的、刺激的な意見文。
「めくらって言葉には神経を尖らせるくせに、盲人用の信号がついていないことを怒る人はめったにいない」「地球温暖化だゴミ問題だと大騒ぎしているくせに、メーカーは地球に優しいという新製品を次々に送り出し、モノを大切にしない」・・・筋の通った批判である。
 自分の立ち位置をごまかさないで、弱いところは積極的に認めればよい、嘘をついてはいけないという潔さを感じる。報道の中に潜む本当の問題点を見抜き、それに自分がどう関わっていくかの覚悟を問う文章でもある。
 蛇足だが、「死の町」発言に対するマスコミの反応も、言葉狩りの域を出なかったと私は思っている。死の町のままに終わらせてはいけないという世論づくりや、復興スケジュールを早めるような協力手段がないかというメディアからの訴えがあってしかるべき。

『ないもの、あります』 クラフト・エヴィング商会 筑摩書房 
 よく耳にするけれど、現物を見たことがないもの。たとえば、「助け船」だったり、「無鉄砲」だったり、「転ばぬ先の杖」だったり。これらの商品(全23品)を取り扱うクラフト・エヴィング商會のカタログなのだ。
 最近、「堪忍袋の緒」を切ってしまう人が多発しているそうで、これがあればこれまで見えなかった「緒」が見えて、切れ具合をチェックできるという。また、自分のことを棚に上げて言いたい放題の方には、2段目の「自分を上げる棚」を提供。ただ、反省次第で不必要になるかも知れないので、生まれもっての「棚」をよく確認してから買うように注意書きが添えられている。
 こんなに「大風呂敷」を広げて大丈夫かなと思いきや、そのたたみ方まで解説する。ちょっとふざけているけど、なんかほっとする。

『かかわり方のまなび方』 西村佳哲 筑摩書房
 今回の執筆は「人の力を引き出すには」という問いがスタートであったと著者はいう。15人のインタビューを軸に、ワークショップ(そもそも工房という意味で、合宿形式の講座や学会の分科会など広い範囲で使われている)とファシリテーター(ワークショップのコーディネーターあるいは進行役のような人)のあり方を考察しながら、「かかわり方」に関する深い示唆を与えてくれる本。
 まず冒頭の、自殺防止活動をされている西原氏の話では、「本当に聴く」ということ、「人は何かと応答する存在として生きている」ということに強く感銘を受けた。
 また、ある小学校で取り組まれた、30秒ごとにシャッターを切り24時間で約3000枚の連続写真を撮影するという「時間虫めがね」はなかなか面白い。いつもと違う目で世界を見ようという取り組みなのだが、たとえ「何もわからなかった」という結論であっても、そこには大きな学びがあるという。ここにも、子どもの力を引き出すファシリテーターの精神を知ることができる。



 vol.6 2011年12月号

「ほんのもりの探検記」は、探検の報告というよりは、探検へのおさそいのつもりです。
だから、ほんのもりの世界のほんの一部分だけ、のぞき穴をあけています。


『復興の精神』 養老孟司他 新潮新書
 東日本大震災をどう受けとめるか、またその復興に向けて日本はどう歩み出すべきか、9人の有識者がそれぞれの立場で震災直後に語った文章をまとめた一冊。
 茂木さんは、些事に囚われて本質を見失っていた日本の病理が、震災によってリセットされたと語り、これを機に、変わること、つながることを呼びかける。南さんは、飢えと寒さに苛まれる人々の姿をただ見ている自分の無力をさの中で、我々が思い通りに生活するために開発したシステムがじつは思い通りにならないものであり、その構造的欠陥を直視せよと語る。

『憂鬱でなければ仕事じゃない』 見城徹・藤田晋 講談社
「小さいことにくよくよするな」という人生訓を認めつつも、仕事においては小さなことにくよくよしなければ相手の心は摑めない、という。たとえば、自己顕示と自己嫌悪という矛盾する二極の中を揺れ動くことは、人としての幅を生みだすものだと断言する。貫かれているのは「対人関係においては、体を差し出し、自分を傷め、めいっぱい身をよじる」努力をすること。
 自分をさらけ出した自伝的文章は、遠慮のない、批判を恐れない彼の生き方のタフさそのものを伝えてくれる。それは、私にとって大きな勇気に変化する。

『読書からはじまる』 長田弘 NHKライブラリー
 人間が言葉をつくるのではなく、言葉の中に生まれて、言葉の中に育つのが人間なのだという。読書、ことば、時間というものに対する鋭い感覚の文章は、さすが長田さんだ。
 たとえば、「…のように美しい」という文章の「…」に、どんな言葉を入れたいか。「岩礁のように美しい」「シギのように美しい」「10月のメープルのように美しい」…。一人ひとりの経験がその言葉の中にそっくり出てくる。自分が選びとったはずの言葉のなかに、じつは選びとられた自分がいる。その人をもっともよく語りうるというのが「言葉」なのだと。



 vol.7 2012年1月号
 
 まっすぐに伸びるポプラ、秋を鮮やかに彩る楓(かえで)、厳しい寒さの中に咲く山茶花(さざんか)、木々にはそれぞれの味わいがある。また、雑木林には、多様な植物、名もなき虫たちの未知なる生態系がある。これが「もり」の懐の深さであり、多様性という生命力の大きさなのだろう。「ほんのもり」もまた、探検のしがいのあるたっぷりの魅力を蓄えて、私たちを待ってくれている。


『心に木を育てよう』 稲本正 PHP研究所
身近な話題から環境問題を見直し、樹木の役割、水の大切さを解説するも、そこには、人の優しさ、心の持ち方が重要であることをさりげなく教えてくれる。その中に、手作りの木の椅子を配達するお話しがでてくる。「私は、一生大切に使ってくれそうな人に出会えて、本当に嬉しかった。使う人の精神がどこまでその「物」で豊かになったかが、もっとも大切なことだ」という作者の言葉が印象的だった。余談だが、私もバザーで自作の版画を売った経験があり、店先でいつまでも迷っている小学生にただで版画をあげたことがある。お金よりも作品を大切にしてくれそうな人に会えたことの方がずっと嬉しいものなのだ。

『クモの糸の秘密』 大﨑茂芳 岩波ジュニア新書
岩波ジュニア新書は、ユニークな研究や話題を取りあげて本にするのが上手い、そして内容が面白い。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』よろしく、人は本当にクモの糸にぶら下がれるか、大﨑氏はこれをまじめに研究している。25年以上にわたってジョロウグモの研究を続けてきたにもかかわらず、毎晩巣の半分を交互に張り替えていることに初めて気づいたというエピソードに、私は、いくつになっても新しい発見にワクワクされている研究者の魅力を感じとった。たくさんのクモと共同生活をするのにはちょっと抵抗があるけれど。
果たして、人はクモの糸にぶら下がることができたのだろうか。続きはこの本を読んで確かめてください。

『思考の補助線』 茂木健一郎 ちくま新書
幾何問題でスッと引いた補助線によって、思わずアッと声をあげたくなる解答が閃(ひらめ)くように、隠れた本質をクッキリ見抜ける目と頭がほしいものだ。
この本の中で茂木氏は、「もし、学問から勢いが失われているとすれば、それは俗悪でチープな文化が跋扈(ばっこ)しているからではなく、ただ単に学問自体から情熱が失われているからだ」と指摘する。
私もまた、原因を外に求め、他人批判をすることで自己防衛する術(すべ)を身につけてきた。人や社会に惑わされない「内発的欲求」、やりたくて仕方のない「情熱」が大事なのは重々承知しているのだが、これを引き出す「切っ掛け」をやっぱり外に求めてしまったりする。